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その気になれば止められる 六ヶ所再処理工場  -- 西尾 漠


 「再処理」って何のことか、わかりますか。最近ではマスコミ報道にもよく出てきますが、国語辞典などには載っていません。原子力の分野でだけ使われている言葉なのでしょう。原子力発電所で燃やされた後の使用済み燃料を再び処理するのが、「再処理」です。

 では、なぜ再処理をするのでしょうか。

 原子力発電の燃料はウランですが、天然のウランには燃える成分は0.7パーセントしか含まれていません。それを「濃縮」して5パーセント弱にまで高めたものが燃料に加工され、原子炉で燃やされます。「燃える」と言っても、火を出して燃えるのとは違い、ウランの原子核が核分裂する際に熱を出すことを「燃える」と呼んでいるのです。燃える成分とは、核分裂をしやすいウランのことです。
 
 原子炉の中では、この核分裂をしやすいウランが燃えて、その熱で水を蒸気に変え、タービン・発電機を動かします。分裂したそれぞれの破片は、高レベルの放射性廃棄物となり、核分裂をしにくいウランの一部がプルトニウムに変わります。プルトニウムの約70パーセントは核分裂をしやすいプルトニウムで、よく燃えます。つまり原子炉の中では、はじめはウラン、後にはウランとプルトニウムが燃えることになります。

 それでも燃料の大部分は核分裂をしにくいウランなので、やがてうまく燃やせなくなります。それが使用済み燃料です。使用済み燃料から燃え残ったウランとプルトニウムを回収し、再濃縮をしたりして再び燃料に加工し、利用しようというのが「再処理」の目的です。

 再処理をしない場合、つまり燃料を1回つかっただけで捨てる場合には、ウランの資源量は石炭よりはるかに小さく、石油や天然ガスにも及びません。しかし使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で「増殖」して使えば、資源の量は60倍にもなるといわれます。高速増殖炉でプルトニウムが利用できてこそ、原子力開発は意味を持つのです。

 にもかかわらず、世界的には再処理をせず、使用済み燃料をそのまま高レベルの放射性廃棄物とする「直接処分」のほうが主流です。高速増殖炉の開発が頓挫しているうえ、再処理-プルトニウム利用はコストが高く、事故や核拡散の危険性が大きく、放射性廃棄物の種類や量が増えてやっかいだからです。しかし日本では、再処理を行なう流れのほうが選ばれていて、青森県六ヶ所村では2006年3月31日、六ヶ所再処理工場の試運転(アクティブ試験)が始まりました。本格操業の開始は2007年7月と計画されています。

 実は電力会社にとっての再処理の目的は、上に見た「核燃料のリサイクル」ではなく、後始末を考えずに原子力開発をすすめてきた結果の苦しまぎれの時間かせぎにありました。回収したプルトニウムを利用するための高速増殖炉の開発は行き詰まり、ふつうの原発で燃やそうとした「プルサーマル計画」もすすんでいません。ウランの利用は、具体的な計画すらないというのが現実なのです。貯まりつづける使用済み燃料の搬出先、というのが電力会社にとっての再処理の目的です。

 そのために電力会社が目をつけたのが、青森県六ヶ所村でした。六ヶ所村のむつ小川原地区は、1969年に政府が打ち出した新全国総合開発計画の “目玉”として、一大鉄鋼・石油コンビナートの建設が計画されたところです。ところが、国家石油備蓄基地の他には進出企業がなく、国と青森県と財界の共同出資による第三セクター「むつ小川原開発会社」が経営危機に陥っていたのです。

 電気事業連合会の会長だった小林庄一郎関西電力社長(当時)が、1984年9月3日付の朝日新聞青森県版で、こう語っていました。「六ヶ所村のむつ小川原の荒涼たる風景は関西ではちょっと見られない。やっぱりわれわれの核燃料サイクル三点セットがまず進出しなければ、開けるところではないとの認識を持ちました。日本の国とは思えないくらいで、よく住みついて来られたと思いますね。いい地点が本土にも残っていたな、との感じを持ちました」

 核燃料サイクルの三点セットとは、再処理と濃縮と放射性廃棄物の処分場の3つです。そのうち六ヶ所再処理工場の総事業費は、12兆円とされています。それも、年間処理能力100パーセントで40年稼働という非現実的な仮定の上のことです。とても経済的に成り立つものではありません。電力会社も、使用済み燃料の貯蔵プールができたところで逃げ出したい、事業者の日本原燃(電力各社などが共同出資してつくった会社)も放り出したい、経済産業省も本音では止めたい、それが六ヶ所再処理工場です。「青森では、再処理事業推進に不退転の決意で臨むと宣言しておきながら、東京に戻った途端、舌の根も乾かぬうちに、再処理凍結論を言い出す」と、青森県の幹部は国や電力への不信感を隠さなかった、と2006年3月30日付の地元紙「東奥日報」は報じています。

 にもかかわらず、電力会社も日本原燃も経済産業省も、誰も計画中止の責任をとれる者がいないという情けない理由から、試運転が続行されています。残念ながら日本では、ことのほか既成事実が重みをもつのです。自らの責任で計画を撤回することができずにウラン試験入りの阻止に失敗すると、国や電力会社は、ともかくも計画通りに稼働させ、「政策に誤りはなかった」と強弁するしかなくなりました。そして操業開始の後には、「プルトニウムの需給を にらんで処理量を抑制するのは政策の失敗でなく、現実的な対応だ」と、また強弁すればよいというのが、彼らのいまの思惑です。


Fig. 六ヶ所再処理工場の主な工程とその危険性(クリックで拡大表示)

 このままでは、少しでもコストを下げるためとして、いっそう乱暴な運転が懸念されます。安全性や品質保証の信頼性を欠き、抽出されたプルトニウムの使いみちのないまま、事故時の責任の所在も明らかでない再処理工場が動きだし、空に海に放射能を放出することに、青森県民や隣接の岩手県民の不安は募っています。

 再処理工場では、使用済み燃料を切りきざみ、硝酸の液に放射能を溶かし出します。燃料の中に閉じ込められていた放射能が、すべて出てくるのです。そのため、「原発が1年で出す放射能を再処理工場は1日で出す」と言われるように、工場の内部と環境を大量の放射能で汚染します。しかも再処理工場のなかは、燃えやすいものや爆発しやすいものでいっぱいです。プルトニウムが1ヵ所に集まって核分裂の連鎖反応を起こす臨界事故の実例も、少なくありません。

 おまけに、六ヶ所村の上空には米軍や自衛隊の軍用機が年間4万回も飛び交っています。もしも爆弾を抱えた戦闘機が突っ込んできたら…。それは決して「もしも」の話でなくて、いつ現実に起こってもおかしくないことです。

 そして、再処理をやめてこそ、日本の核疑惑は解消されるのに、それをやめないのでは、日本を見つめる世界の目が厳しいものとなるのも当然でしょう。

 六ヶ所再処理工場では、アクティブ試験に入った直後から、さまざまな事故・トラブルが頻発しています。試験そのものへの反対を措くとすれば、試験なのですから、そもそもトラブルはあってよく、その1つひとつに対策が立てられ、機器の補修が行なわれてこそ、試験の意義があると言えます。しかしそれらは、実際の使用済み燃料をつかい、施設の多くの箇所に人間が補修に入れない状態になった後での試験でなく、もっと以前の試験のときに起こし、対策を立て、補修しておくべきものでした。以前の試験をちゃんとやってこなかったツケが、いまあらわれているのです。

 電気事業連合会の勝俣恒久会長(東京電力社長)は、2006年5月19日の定例記者会見で「このぐらいですんで大変ありがたい。許容していただければありがたい」と述べたそうです。起きてしまった事故・トラブルについて言えば、軽く見なして「試験は順調に行なわれている」と宣伝するのではなく、最大限に教訓を汲み取って本格操業の肥しにするというのが、本来の試験のあり方なのではないでしょうか。青森県民は、「このぐらいですんで」と安心するどころか、事故の危険を招き寄せかねない姿勢として、かえって不安を強めています。

 六ヶ所再処理工場は、何としても止めることが必要です。試運転入りは強行されてしまいましたが、後戻りはできるし、しなくてはなりません。国や電力会社が自らの責任で止められないのなら、世論で止めるしかないのです。

 実は国や電力会社も、何か口実がつけばまだ引き返せる、と考えています。

 2005年10月11日に原子力委員会が決定した「原子力政策大綱」には、こうありました。「我が国においては、核燃料資源を合理的に達成できる限りにおいて有効に利用することを目指して、安全性、核不拡散性、環境適合性を確保するとともに、経済性にも留意しつつ、使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム、ウラン等を有効利用することを基本的方針とする」

 再処理-プルトニウム利用には、少なくともこれだけの留保条件がつけられているのです。その1つでもはっきりダメとなれば、再処理は止められることになります。

 (原子力資料情報室 西尾漠)
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