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萱野茂さんの霊前に  -- 辻信一 


 アイヌ民族のエカシ(長老)萱野茂さんが亡くなった。虫の知らせというのか、萱野さんのことがこのところずっと気になっていて、近々会いにいこうと心に決めた矢先だった。

 最近加速するばかりの原発をめぐる動きについて萱野さんの思いが聞きたかったのだ。特に六ヵ所村の再処理工場のあまりに性急な稼動の開始。あれはまさに縄文の地、アイヌの大地への歴史上最大級のテロだ。もうひとつのグラウンド・ゼロではないのか。

 今からちょうど5年前の2001年4月、ぼくが勤める大学で行われた「チェルノブイリ15周年」の集会に北海道からわざわざ来ていただいた時のことを思い出す。「原発は天に向かって唾を吐くようなことだ。吐いた唾は必ず、自分の顔に落ちてくる」。今日、私はこれを遺言のつもりで言うんです、と彼は会議の前にぼくに漏らしたものだ。

 講演で、萱野さんはチェルノブイリ事故の後、北欧先住民であるサーミの地を訪ねた時のことを話した。大地の上にあるすべてのものを同胞と見なす先住民族は、「大地を離れては暮らしていけない」者たちであること、だからこそ、大地が汚染され、生態系が破壊された時  
に、最も大きな犠牲を強いられてきたのだということを、ぼくたちに思い出させてくれたのだった。また、彼はこんなことも言っていた。度重なる悲惨な事故にも懲りずに原発を推進している人たちを見ていると、神様は、あまりにもおごり高ぶって、他の生きものたちのことを何一つ考えなくなった人間を滅ぼすためにこそ、ウランのような恐ろしいものをこの世に降ろされたのではないか、と思わずにいられない。そんな私の不安が当たっていなければいいのだが、と。

 最後にぼくがご自宅を訪ねた時、萱野さんは、かつては踏み潰さないように歩くのに苦労するほどたくさんいたカエルが激減していることを嘆くのだった。まるでこのこと以上に大切なことが世界にあるか、というように。萱野さんは死の直前まで繰り返しぼくたちにこう語っていた。かつてアイヌは主食であるサケを、キツネやクマやカラスたちと分かち合うことを忘れなかった、と。

 ぼくは萱野さんの霊前に誓いたい。あなたの死の1カ月あまり前に吐き出され始めた六ヶ所村再処理工場からの放射能を止めるために最善を尽くします。あなたの不安が現実とならないように。あなたの深い知恵をいただいたぼくたちには、きっとこの大切な仕事をするための大きな力が宿っているはずですから・・・


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